日本の涙②

今でも祖母のことを思うと
涙が溢れてしまうのですが

前回の続きとして
祖母と祖父の背景を共有したいと思います

私の祖父は
太平洋戦争に陸軍軍人として行き
フィリピンで捕虜になり、終戦後に生きて戻ってこれたおかげで
いまの私がいます

祖父はお酒が大好きで豪傑な人でしたので
父や母から尊敬されるというよりは、
どちらかというと疎まれているようにみえました

祖父にとって私は初孫の長男でしたので、とても可愛がられており
祖父も祖母と同じように私は大好きでした

祖母は目立つことをとても嫌い、家族旅行にでかけるときは
いつも好んで留守番をしていました

近くの畑で作業をしたり、自転車で近所に買い物にいくことはあっても
家にいることが一番安心しているように見えました

祖母が大好きな私も両親と出かけるよりも
家で祖母の近くにいたかったのですが叶いませんでした

旅先では、両親の喧嘩がよく起こりました
人前では、そこまで激しくはしませんが
誰もいなくなると父が母を怒鳴ったりがありました
※私や妹は近くにいても二人は気にしない状況でした

なので
私は無意識で旅行が嫌いになってしまいました
大きくなっても修学旅行はもちろん、社員旅行も義務的な気持ちで
いつも参加していました

まわりにはワクワクした同級生、同僚などがいても

なぜか私の心はテンションが低く、早く終わらないかな

といつも思っていたことを

nTechの無意識エンジン発見セッションをした後に気づきました

両親と一緒にいるよりも
祖母といつも一緒にいたいと思っていた気持ちには
両親の喧嘩が怖かったのです



後日、2歳下の妹と話す機会があったときに
そのことを共有したところ
妹もビックリして「実は私も旅行がテンション上がらない!!ホント、いつも喧嘩してたよね・・ 」
と言っていました^^;

「三つ子の魂、百まで」とも言いますが、幼少期の経験体験に
大人になっても無意識で感情支配されていることにとても驚いた気づきでした



続く
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